古典を読むべき、たった1つの理由

読解力なり、理解力なり、思考力なり…何らか自分の思考回路のレベルアップを目指すなら、ぜひ「古典」を読みましょう。
今日、この記事でお伝えしたいのは「古典を読もう。それは、あなたが未来をサバイバルする力を与えてくれるから」というお話。それだけ。そして、このことはいつまでも、何回でも語りたい。
ぜひ、あなたにも!

古典といえば、高校までの勉強で終わった「意味のよく分からないもの」と映るかも知れません。
あるいは静かに、おくゆかしく真実を語りかける…そんな存在であるかに見えるかも知れません。

でも、古典の本質は「古さ」ではなく、「模範となるよさ(典)」。
しかも、時の試練を経て、なお私たちに「価値」を伝えてくれる書物です。

私が古典という時、「古典的名著」も含んで語ります。例えば昭和の時代に出版された『君たちはどう生きるか』これなど、たった80年ほどしか経っていませんが、素晴らしい価値を伝えてくれる古典と呼ぶにふさわしい作品だと考えています。

『君たちはどう生きるか』

そして、恐らく「古典作品」の価値を生み出すベースは「古典独特の読みづらさ」にあると思うのです。

その読みづらさを乗り越えたとき、難解な言葉を咀嚼できる理解力と同時に、「今」に生きる「ちっぽけな自分」の価値を相対化し、大いなる未来を創造する力を手に入れているはずです。
まさに古典は「変革の書」なのです。

古典とは何らかの意味で変革の書である。

向坂逸郎著『読書は喜び』
目次

「読みづらさ」という価値

古典作品の「読みづらさ」に価値があるとしたら、読みやすい本は価値がないのか…
もちろん、そんなことはありません。ただ「価値」のベクトルがまったく違うというだけ。何かを知る、何か行動を起こすための教科書にする、そういうベクトルであれば「分かりやすさ」は重要です。究極にはマンガや動画の方が価値があるかも知れません。
 
しかし、それだと頭は鍛えられない
相手の主張を理解するために、相手の語る前提を考えるという重要な情報リテラシーが育たない。

なぜ鍛えられないかというと、分かりやすい、頭を使わなくても読める書き方がされているから。そして、具体的なことしか書かれていないから。読むだけで書かれていることが理解できたような気分に浸れるような仕掛けが施されているために、「読書はしているけど、たくさん読んでも読解力すら鍛えられない」という悲劇が起こります。

その作品の奥には、著者が身を置いていた社会の歴史的、地理的背景が「文脈」として横たわっています。
そして、著者の頭の中には、想定する読者の生き様、苦悩、歓喜といったものが、リアルに描かれていたはずです。

でも、読みやすい本は、そこを気にせず「分かった気分」になれる。

古典作品は読みづらいからこそ、一言一句を丁寧に読み、分かりづらいからこそ、奥を想像し「今の社会でいうと、どういうことかな?」「ここでは何が想定されているかな?」と考えることを迫られます。

そう。古典作品を真剣に読む作業それ自体が読書力を引き上げ、理解の質の次元を上げる作業になっているのです。

でも、疲れるし、時間がかかりすぎません?

確かに古典作品を読むのは疲れます。
時間もかかりますし、理解が深まらない感覚が残ります。

ですが、古典作品を通じた学びというのは、今すぐ成果を実感できないところに価値があるのです。

学びのフォーカスを「今」に当てるか「未来」に当てるか?

学びには「今」にフォーカスしたものと、「未来」にフォーカスしたものとがあります。
投資になぞらえるなら、仕入れや販促に向けるのか、設備投資・人材教育に向けるのか、そういう違いです。
 
今にフォーカスし過ぎると、未来が枯渇します。
かといって未来にばかり目を向けていくと、今が立ちゆかなくなります。
 
私たちは常に、この「今」と「未来」のはざまでバランスを取りながら、最適な投資を考えなければならないわけです。

実用書が実用的になる根拠は…

実用書(ビジネス書、ノウハウ書)は 「今、ここ」の問題を解決するのに役立ちます。
しかし、それを本当に価値のあるものにするのは、あなたの読書力と思考力です。
 
書籍に文字として書かれている言葉の奥に横たわる、著者の現場、そこでの苦労、書かれていない“前提とされる何か”、あるいはそこまでの下積み経験を、行間に読み取れなければ、本当の価値は受け止められません。

まずは、こちらの式の意味を理解しておく必要があります。

読書から得られる知的価値=作品のコンテンツ力×読書力(理解力×思考力)

この「読書力(理解力×思考力)」の部分がどれだけのレベルかは、「今に至る過去」にかかっていることは言うまでもありませんね。同じ本を読んでも深く学べる人と表面的にしか学べなかったり、そもそも学べていなかったりする人がいるのは、そのためです。

さて、あなたの目指す読書は、

  • 「今」にフォーカスした、今のあなたの読書力で手に入るものを学ぶためのものですか?
  • 「未来」にフォーカスし、読書力そのものを高めることを期待するものですか?

もし、後者であれば、古典作品はあなたの読書に大きな価値をもたらしてくれるはずです。

ベースとなる読書力を鍛えるためには?

別に理解力を高める作業は、古典を読まなくても可能です。
具体的でない言葉で書かれた本(哲学的な本とか…)、想像力を駆使しなければ理解できない本(ミヒャエルエンデ作品とか…)、歯を食いしばって読まなければならない本、丁寧に読まないと理解できない本であればいいわけです。

そういう条件を満たしていて、ハズレがないのが「古典」というだけの話です。
 
大事なことは「具体的でなく、分かりやすくない」ということ。違う言い方をすれば「抽象的」であり「リアルでない」ということ。あるいは「理解と経験を超えている」ということ。
 
そういう読みにくい言葉と闘うことで、私たちの理解力、想像力は高まっていくわけです。

具体的に何を読むべきか?

古典を読むぞ-!とか息巻いて、いきなり『方法序説』(デカルト/1673年刊)とか『エミール』(ルソー/1762年刊)とか読んでも撃沈する可能性が大なわけでして、どの程度までさかのぼるべきかというのは実に難しい問題です。
第一段階は、昭和の時代に出た本でいいでしょう。昭和というと一世代越えています。その頃出版されて、未だに残っている本はある意味、ハズレがありません。特に昭和50年代(1980年代)以前に書かれた本は、「読みやすさ」なんてものが一切考慮されていません。読者を選ぶ本がほとんど。そこに挑むわけです。

そして近代へ。さらに西洋の古典へ…と広げていって見てはいかがでしょう?

ただし、ここで問題が出てきます。
読みにくい古典作品を読みやすく翻訳した書籍やマンガはどうか?

私は「避ける」ことをお薦めしています。
その理由は、読みやすいが故に「分かりやすい」と勘違いしてしまい、「読めたけど、よく分からなかった」という言語明瞭意味不明状態のモヤモヤした読後感で終わる人が多いからです。

残ったモヤモヤを1つ1つ丁寧に取り上げ、粘り強く思考し、誰かと語り合うことで答え合わせや、弁証法的なレベルアップが目指せるなら、それもいいでしょう。
でも、それが叶わないなら「あぁ、読みづらい!」と思いながら、歯を食いしばって読み進める本の方が学びが大きくなる可能性が高い。(挫折する可能性も高いので、やはり読書会に参加するなど、仕組み・仕掛けは用意した方がいいですね。)

とりあえず、何を読んだらいいか分からない!という方は、こちらの6冊を1年かけてじわじわ読んでみてください。1年後のあなたは、まったく別の思考回路を持つ人になっているはずです。

福沢諭吉著『学問のすすめ』

学問のすすめ
『学問のすすめ』

新しい時代を迎える「先を見通せない」時に、私たちは何をどう学び、どう生きるべきかを指し示してくれる本。
グローバルな大きなうねり、荒波に飲まれそうになる時代にあって「一身独立する」ために「実学を学ぶべし」と語った諭吉の言葉は、今の時代を生きる私たちにも大いに指針を与えてくれるはずです。

プラトン著『ソクラテスの弁明』

ソクラテスの弁明
『ソクラテスの弁明』

非常に薄いのに、学びがあふれる良書。恐らく日本でもっとも売れている岩波文庫のトップ3に入るはずです。
価値観のゆらぐ時代に、私たちは何を頼りに生きていけばいいのか、「私」と「公」はどのように関わるべきか、ものごとの本質を掘り下げて考えて行くには、どのような思考回路が必要かなどなど、一冊を何度も読みながら考えてみてください。

吉野源三郎著『君たちはどう生きるか』

『君たちはどう生きるか』

こちらについては、YouTubeでも語っておりますので、よろしければお暇なときにご覧ください…

セネカ著『生の短さについて』

『生の短さについて』

忙しい現代にあって、「時間」を、何かを生み出すリソースとしてその価値を重く見ているはずの私たちに、目に見えないが故に浪費され、人から浸食されていく時間との関わり方について、鋭く課題を突きつけられて、はっとさせられる書。
ただ、それは「時間管理」というプラグマティックで軽薄なハウツーに向かうものではなく、「自分の人生の意味は?」という人生哲学に向かうものです。

マキャヴェッリ著『君主論』

人生戦略、ビジネス戦略を学ぶ書といえば、孫子『兵法』と、この『君主論』だと言うと言い過ぎでしょうか。
個人的には、マキャベリの独特の比喩表現など、説得の技術も学ぶべき価値が高いと感じます。

『君主論』

世阿弥著『風姿花伝』

『風姿花伝』

人生に一芸を持つことの価値、何かを成し遂げるためにどのような成長のステップを踏んでいくべきかという教育論的な学びの深さ、そういった一流を目指す人のための教育書として、高い価値がある本です。

これらの本を、一人で読むのはしんどいなーと感じたら、こういう本を課題図書として扱っている読書会に参加してみてください。
きっと一人で読むより何倍も学びが深まるはずです。(^^)

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この記事を書いた人

1970年、福岡生まれ。名古屋大学法学部卒業。元福岡県立高校教諭(公民科+小論文)。
現在は教室運営と並行して、九州大学・大学院(博士課程)に在籍し学習ストラテジー、読書ストラテジーを研究。
教職在職期間は8年と短期間ながら、ユニークな授業が評判となり、全国紙一面に授業が紹介されたこともある(1998年元旦・朝日新聞)。また、中学校勤務時代には20代にして進路指導主事に就任。それまで60%台だった公立高校合格率を90%台に引き上げた実績を持つ(2000年度)。

2001年に教職を辞し独立。教師時代から研究を続けていた高速学習と速読のメソッドを完成させ、その指導にあたる。速読3日間集中講座は98%の高い修得率を誇り、多くのビジネス書ベストセラー作家が通う人気ぶり。

そのメソッドを公開した書籍『フォーカス・リーディング』は10万部のベストセラー書。その他に読書や学習にまつわる様々な業務に携わった経歴を持つ。

・ベネッセ中学2年生コースの特集記事の指導・監修(2008年)
・西南学院大学での読書力養成講座(通年講座、2014年度から)
・司法書士スクールの高速学習指導(2015年度)
・学習塾経営者への学習法指導、経営指導

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