読書を「投資」としてとらえた場合、リターンには2種類、存在します。
1つは「知識や情報」、「ノウハウ」といった読んで学ぶ(身につける)類いのリターン。こういった直接的なリターンを求める読書を「成果主義の読書」ととらえます。それに対して「読書力(語彙・思考力・読解力)そのもの」を鍛え、あなた自身の内なる変化を生み出す読書というものがあります。これを「成長志向の読書」ととらえます。
成果主義にせよ、成長志向にせよ、できるだけ価値の高い本、読むのに難儀するような本を読んでこそ、高いリターンが見込めることは想像に難くありません。
今回は、そういう読書(力)のレベルを上げるためにどのような本の読み方が必要なのか、とりわけ「読書ストラテジー」と「速読技術」がどういう役割を果たしうるかを解説していこうと思います。
「読書のハウツー」から学べること
読書からのリターンを大きくするために、あなたも読書のハウツーが語られる本や動画から学んだことがあると思います。
そういった、読書法を語る書籍やネット上の発信には「もっとたくさん読もう」というアドバイスや、「自分が読みたいと思ったところだけ読めればいい」というアドバイス、そしてそれらを実現するためのたくさんのTipsがあふれています。
それらのアドバイスは、読書に苦手意識を持ってしまっているあなたには大いに役に立つはずです。
「今、抱えている課題」をクリアするためにも、積極的にたくさんの本を読み、そこで得た知識やノウハウを活用することには一定の価値があります。
そこに異存はありません。
が、忘れてはならないことが1つあって、
それって、今のあなたの読書力と思考力のレベルでキャッチできる問題、解決できる課題にしか役立たないんですよ。
── そんな事実です。
成果主義の読書は、言ってみれば狩猟採取型のやり方で外にある果実や獲物を獲得していくものです。その成果は環境とあなたの能力に大きく依存したものになってしまいます。
もしそこで、大きな苦労なく「欲しかった情報はこれだ!」という成果につながっている実感があるとしたら、それは素晴らしいことです。しかし、どこかの誰かが分かりやすく教えてくれる情報や知識を採取するだけの消費者で満足していてはもったいない。だって、そんな情報や知恵はいわゆるコモディティ化された知性の断片であって、今のあなたのちょっとした不便を埋めてくれるものであったとしても、今のあなたを高めてくれるものではないからです。
より手強い獲物に挑むことで、読書力そのものを鍛えるのです。直接的で具体的な成果にはつながらないかも知れませんが、あなたの読書力が高まるような読書──まさに成長志向の読書です。
そういった読書を通じてこそ、より高度な情報や知恵を自分のものにし、さらには自力で知恵と情報、そして豊かさを生み出せる生産者を目指すことが可能になります。これは狩猟採取型に対して、農耕型と言っていいでしょう。
「読書」で学べることの限界
狩猟採取型と農耕型という2つのタイプの読書を理解するために、まず前提を理解しておきましょう。
読書で学べること、つまり読書で得られる理解と記憶は次の3つの要素の掛け算として表すことができます。
受け皿というのは、まさに今のあなたの知性。語彙力と思考力、前提となる知識がその本体です。
アンテナというのは、あなたの問題意識。あなたの現場に根ざした問題意識、興味や関心などですね。
受け皿もアンテナも、まさに「今のあなた」のレベルを超えることができません。同じ書籍を読んでも「見えている世界が違うな…!」と感じる人がいると思いますが、まさにここが違うわけです。
最後にシステム。これは理解を深めたり、分からないことを理解したり、知らなかったことを記憶したりするための方法です。これを読書ストラテジーと呼びます。
今のあなたの読書力──自然体で読める(情報を処理し、記憶できる)能力──を読書スキルと呼びます。読書ストラテジーは読書スキルを越えて挑むための作戦であり、様々な手法を総合的に駆使して挑む読み方です。
速読や多読というのは、基本的に「今のあなたの読書力(受け皿)と、問題意識(アンテナ)」を前提にしています。
知らなかったことを知るためには反復や既有知識とのリンク(構造化)が欠かせませんし、理解出来ていなかったことを理解するためには、じっくりと読み解いていく必要があります。これは思いのほか面倒で、手間と時間のかかる作業なのです。
「速読・多読」の限界
読書Tipsとして語られがちな速読・多読は基本的には効率を重視した読み方。
これは、今のあなたの読書スキル、受け皿×アンテナを駆使し、自分の問題意識の外にあることや、自分の知性を越えたものを意識的あるいは無意識的にスルーすることで成立します。
「自分が読みたいと思ったところ」の限界
「自分が読みたいと思ったところだけ読めばいい」とか「自分が活かしたいと思うことを1つでも見つけられれば大成功」的なアドバイスも同じようなもの。あなたが「これはいい!」と思えたということは、今のあなたの知性の範囲内だったということですから。
これら2種類のアドバイスが「いい」とか「悪い」とか、そういう話ではありません。読書の種類・方向性として、知っておくべき、という話なのです。
“現在の知性”を越えていくためには?
今の自分の知性を越えていくためには、①自然体で処理できない本に対して、②意識的に挑む必要があります。
①自然体で処理できない本に挑む
ライトな自己啓発書を読んでも「あー、そうそう!」的な確認作業にしかならず、知性は高まりません。自然体で処理できない本、つまり難易度が高く、がんばって読まなければならない本を読みましょう。
②意識的に挑む
この意識的に読むことこそが読書ストラテジーの正体。自然体で発動する読書スキルを越えた読み方です。
平たく言うと「読み方の工夫」ですから、実は誰でも何らか活用しているものですが。例えば…
- 難しいと感じたらゆっくり読む
- 書籍に線やコメントなどを書き込みながら読む
- 最初に目次と前書きを確認してから読み始める
- 読書の目的、手に入れたいゴールを明確に意識する
- 分からないと感じた部分に印を入れながら読む。
といったもの。
“Verbal protocols of reading”(Pressley&Afflerbach, 1995)によれば、「予測・推測」、「重要情報の特定」、「推論」、「統合」、「理解モニタリングに基づく読解プロセスの変更」、「解釈」といった様々なストラテジーを読書前、中、後に活用しているとされています。ま、あくまで「レベルの高い読者は」ってところですが。
ちなみに、”The effects of updating ability and knowledge of reading strategies on reading comprehension”(Muijselaar & de Jong, 2015)によれば、読書ストラテジーの知識を持っていることが高い理解度につながっている(読書ストラテジーを使おうというメタ認知が発動されるためでしょうか…)とされています。
これらのうち「自動発動」しているものはスキルになっているわけで、ストラテジーという場合、
ことが重要です。
現在の知性を越えるためのストラテジーとは?
感覚的な読み方、自然体の読み方だと、どうしても難しい部分をあまり深追いせずに流したり、理解できていないことに気づかずに読み進めてしまったりしてしまいがち。ですから、ストラテジーを活用することは重要です。しかし、その大半は「よりよく理解するため」に使用されるもの。
“現在の知性を越える”という場合、今、あなたが「読めたと思っているレベルを超える」必要があるわけで、それは次の3種類のストラテジーが必要なのです。
- 自分の理解できていないことに気づくストラテジー
- 理解を確かなものにするストラテジー
- 理解を立体化するストラテジー
それぞれ具体的に見ていきましょう。できそうなものから採用してみてはいかがでしょうか。
①自分の理解できていないことに気づくストラテジー
レベルアップの基本は「自分が読めていないこと」「自分の読みが浅い/浅はかであること」に気づくことです。自分の理解に対する客観的な評価といえばいいでしょうか。
意味不明箇所のピックアップ
自分が「?」と少しでも感じたら、フリクションボール(消せるタイプのボールペン)の緑で傍線を引いておきましょう。これを「意味不明グリーン」と名付けておきます。
実は「自分には理解できていない」ことに気づくためには、理解モニタリングと呼ばれるストラテジーが必要になるのですが、これまたちょっと高度なストラテジーなので、次のストラテジーとセットで発動せざるをえません。
自分の言葉で説明し直してみる
明確に分かった!と思えない部分は、その都度、自分の言葉や事例で説明し直して見ることをお勧めします。説明しようとして言葉に詰まれば、すかさず緑の線をひきましょう。
ただ、問題は「自分の言葉で説明し直した内容が、果たして妥当なのか分からない」ということですね。これは②につながります。
①理解を確かなものにするストラテジー
往々にして「自分なりに分かった」と思っていても、読書家と呼ばれる人の書評などを読むと、自分の理解との差の大きさを感じたり、自分の理解がズレていたことに気づいたりするものです。
ポイントはこの2つ。
- 何となく考えず、明確な「言葉=文章/語り」として表現すること
- 自分以外の誰かからフィードバックをもらうこと。
具体的なストラテジーとしては…
ロジカルなまとめノートを作る
ポイントは「ロジカルな」という部分です。自分の理解した程度にまとめていては、いつまでたっても自分の知性を越えていくことができません。例えばマインドマップのような手法は「自分の理解した範囲の知識の整理」であり、どこまでいっても「断片的な情報の寄せ集め」に過ぎません。書籍の中の主張と論拠、章と章のつながりなどが見える書き方を心がけたいものです。
具体的なノート作りの方法については、ぜひこちらをご一読ください。
書籍の要約を作る
何となく文章にするのではなく、本のテーマ、著者の論点と主張、それを支えるロジックを整理しながら文章にしていきます。800文字から1200文字くらいが負担も軽くなりますし、「著者がここで伝えたかった主張は何か?」と考えざるをえないので、思考が深まりますし、理解の点検になって効果的です。
他者と読んだ書籍について対話をする
人の意見を聞くことで、自分に足りなかった視点や気づかなかったポイントなどを知ることができます。
また、自分の気になったこと等を語ることで、自分の意見が整理されていきますし、それについて他者の意見や質問等のフィードバックを受け取ることができますので、一層効果的です。
一番お勧めなのは「読書会に参加すること」です。
今はzoomで参加できる読書会も数多く開催されていますので、課題図書が設定されていて、自由にトークが展開されるような読書会を探してみるといいですね!
「そんな読書会知らない」という方は、こちらのTwitterアカウントをフォローしておくといいですよ。
読んだ本のレビューを書き、Amazonレビューと比較する
レビューの書き方の練習は必要かも知れませんが、最初は自由スタイルで問題ないでしょう。
書き上がったら、その本についてすでに投稿されているAmazonレビューと比較してみてください。
☆の数はともかく、その評価に至った根拠として、その作品のどこをどう価値があるとし、逆に価値が低いと判断したのか、論理的な観点から他のレビューとの違いを確認するのです。
できれば、自分のレビューを印刷した上で、他者のレビューとの比較で足りなかった視点、読み方の深さ/浅さ、論点の違いなどを書き込んでみてください。
読んでみて魅力的だと感じたものをテキストとしてコピーして印刷し、上記の観点から分析するのもお勧めです。
②理解を立体化するストラテジー
読書を立体化するってなんじゃらほい?と思うかも知れません。
実は、「読書の理解がどのように作られるか」という観点から読書ストラテジーは考えていかなければならないのですが、先進国の中で唯一、科学的な知見に基づく読書教育がおこなわれていません。
読書における理解というのは、「書籍全体のロジックの構造」がつかめており、その枠組みの中で「細かな言葉のつながりやロジックの構造」が処理されていなければ、本当の意味で「読めた!」とはならないのです。
まずは、「自分の気になった言葉を見つければOK」みたいな「点を拾う読書」を乗り越えること。
次に、国語の授業よろしく丁寧に文脈を読み解いていく熟読としての「線をたどる読書」を乗り越え、ミクロとマクロの理解が噛み合った「面の広がりを持ち、縦横無尽につながりあう読書」に仕上げていくこと。ここまでで「書籍の理解」は完成します。
それをもう一歩進めて、「1を深く知るための前提となる100の知識」を手に入れ、それらを意識的にリンクさせて「面と面が有機的につながりあい立体構造をなす読書」を目指したいところです。
これについては、こちらの記事で詳しく解説していますので、ぜひお時間のある時にでもお読みくださいませ。
具体的なストラテジーとしては、「ロジカルなまとめノートを作る」で紹介した記事に書いてある「もともと知っていたことをメモしていく」ことがもっとも手軽で効果的です。
さらに一歩上を行こうと思ったら、外山滋比古氏が『思考の整理学』で紹介している「メタノート」を作ることでしょうか。単純に、複数の本をまとめていく中で生まれて来た「問い(疑問・問題意識)」について、ブログやnoteで発信してみるのもお勧めです。
「速読」技術はどう役に立つのか?
最後に、ここまでご紹介した読書ストラテジーと速読技術の関係と、速読の効果的な活用法について簡単に触れておこうと思います。
そもそも、すべての文章を同じスピードで読んで、同じように理解できるはずがありません。速読について、まずはこのことを理解しておく必要があります。
ですので、そもそも速読とは「一読して理解できるものはスピーディーに処理し、そうでない文章は丁寧に処理する技術」として定義し直す必要があります。ちなみに、このような技術を「読書の柔軟性(reading flexiblity)スキル」と呼びます。
そうすることで、理解を損なわず効率的に処理できるだけでなく、難しいところに時間をかける余裕が生まれてくるはずです。
さらに、細かなことを端折って全体像を把握する場面にも速読は有効ですし、表面的であっても情報を広く集めていく場面でも速読は威力を発揮します。
こういった速読のメリットを理解した上で効果的に活用するのが「速読ストラテジー」です。
この速読ストラテジーも読書ストラテジーの一種ですが、読書力を向上させる上で非常に重要な要素と言えます。
今回のまとめ
今回は長々と「読書力を高めるための読書ストラテジー」について書いてみました。
- 歯ごたえのある難しめの本を読むこと
- 自然体で読まず、意識的に読むこと
- 読んだ理解を点検するために言葉にして出力すること
- それについて他者のフィードバックを手に入れること
- 新しい理解の定義を理解すること
- 読書の理解を立体化するような取り組みを導入すること
- 速読(読書の柔軟性スキル)のメリットを理解した上で効果的に活用すること
こんな話でした。
ぜひ、まずは「ストラテジックに読むことを意識する」ところから始めてみてください。
もちろん、ここで紹介したストラテジーがうまく活用できて、読書力のレベルが向上していることも確かめる必要がありますよね? そのことを通じて、自分のストラテジックな読み方をさらに改善していくわけです。
ですので、次の3つも大事にしなければなりません。
- 意識的な取り組みにすること。
- 取り組みの結果を確認すること。
- 結果の確認からフィードバックを分析的に手に入れること。
1つめの意図的な取り組みについては”Handbook of Reading Research, Volume III”(Alexander & Jetton, 2000)より。ぶっちゃけ「意識的」でなければ、ストラテジーとは言えないというお話。
2つめ, 3つめについてはドラッカーの著作から「フィードバック分析」のこと。
ということで、あなたの読書力が向上するような読書実現をお祈り&応援しています!
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